水トク!瀬戸内寂聴は若い頃に不倫して娘を捨てた?波乱万丈な女性

瀬戸内寂聴のプロフィール

2017年11月22日放送の『水トク!「1番だけが知っている」【各界の1番が魂震えたスゴイ日本人がいたぞSP】』に瀬戸内寂聴さんが出演します。

瀬戸内寂聴さんは小説家として多数の書籍を出版するだけでなく

尼僧として悩み苦しむ人々の人生相談に乗るなど人格者として知られています。

 

しかし瀬戸内寂聴さんの若い頃は壮絶なものでした。

若い頃に不倫をして娘を捨てたというのです!

 

かなり波乱万丈な人生を歩んできた瀬戸内寂聴さんですが

水トク!の放送では瀬戸内寂聴さんが魂震えた

「自分より波乱万丈な女性の人生」を語ってくれます。

 

そこで今回は

瀬戸内寂聴さんの若い頃の話

不倫して本当に娘を捨てたのかをご紹介していきます。

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瀬戸内寂聴のプロフィール

瀬戸内寂聴のプロフィール
  • 瀬戸内寂聴(せとうちじゃくちょう)
  • 本名は瀬戸内晴美(せとうち はるみ)
  • 1922年5月15日生まれ
  • 徳島県出身
  • 東京女子大学卒業
  • 小説家、天台宗の尼僧

瀬戸内寂聴さんは仏壇店の次女として徳島県徳島市で生まれます。

もともとの姓は「三谷」でしたが、父が従祖母である瀬戸内いとと養子縁組したことで「瀬戸内」に変わりました。

 

瀬戸内寂聴さんは、1943年21歳のときに東京女子大学在学中に見合い結婚し翌年に娘の迪子(みちこ)さんが生まれます。

このときの女の子が後に捨てられた娘と言われる人物です。

 

子供が生まれてすぐ夫の仕事の関係で2年ほど北京に住むことに。

そして1946年に帰国。

 

戦争も終結し家族三人で仲良く暮らすのかと思いきや

瀬戸内寂聴さんは旦那の教え子と不倫関係になりました。

 

しかも旦那と3歳の娘を残して

家を飛び出し京都で暮らすことになります。

ちなみにこのときの不倫相手は一人目の男性です。

他にもう一人、不倫相手がいたことも判明しました。

 

1950年には離婚が成立し東京で小説家を目指して

「三谷晴美」のペンネームで活動を始めます。

作家としての三谷晴美の人生

1956年に「痛い靴」を発表し、「女子大生・曲愛玲」で新潮同人雑誌賞を受賞します。

しかし、まだまだ男尊女卑の残る時代だったため、卑猥な小説だと罵倒され「子宮作家」のレッテルを貼られます。

1963年には自身の不倫関係を題材にした恋愛小説「夏の終り」で女流文学賞を受賞し作家としての地位を確立します。

 

瀬戸内寂聴さんは恋多き女性だったので

小説の題材も恋愛モノが多かったようですね。

 

戦後間もないころは社会的に男性性が強く

瀬戸内寂聴さんのような女性は活躍しにくい時代でした。

 

それでも根強い人気があったため

自分の不倫を題材に次々と恋愛小説を書き上げていきました。

 

そのリアルな描写は当時の人々を強く惹きつけたといいます。

頭ではいけないことだと分かっていても

本なら読んでみたいという方が多かったんでしょうね。

出家して瀬戸内寂聴としての人生

はじめは修道女を目指していたそうですが

「旦那と3歳の娘を捨てて不倫相手と住んでいたから」という理由で教会から拒絶されます。

 

次は出家を目指しますが同様の理由で多くの寺院からも拒絶されました。

その後、1973年に天台宗・中尊寺の今春聴大僧正の元で出家をすることに。

このときの法名が「寂聴」でした。

しかし、出家をしたあとも男性と付き合ったり肉食を続けていたそうです(笑)

 

瀬戸内寂聴の若い頃の画像

恋多き女性の瀬戸内寂聴さん。

多くの恋愛を経験しているので「もしかして若い頃は美人なの?」と思う方もいるかと思います。

なので瀬戸内寂聴さんの若い頃の画像を2枚ご用意しました。

瀬戸内寂聴の若い頃の画像1 瀬戸内寂聴の若い頃の画像2

1966年3月撮影(瀬戸内寂聴さん43歳のとき)

どうでしょうか?

美人とは言えませんが愛嬌のある顔をしているのかなって思いました。

でももしかしたら昔の人の価値観からしたら美人なのかもしれないですね(・∀・)

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瀬戸内寂聴の不倫相手

瀬戸内寂聴さんの不倫相手は2人いました!

  • 一人目は元旦那の教え子の学生。
  • 二人目は純文学の小説家で年上の妻子ある男性。

瀬戸内寂聴の不倫相手その1:教え子を選んだ理由とは?

瀬戸内寂聴さんは元旦那の教え子と不倫関係になり

父親から絶縁されています。

現代でも不倫は大きな問題になりますが

当時は、女性の恋愛小説すら批判される時代でしたから

実際の不倫となると父親からしたら

顔から火が出るくらい恥ずかしいし怒り狂ったのだろうと想像できます。

 

しかし、瀬戸内寂聴さんが不倫相手と駆け落ちして京都に引っ越したのは

元旦那の家庭内暴力が原因だったとも言われています。

 

現代なら離婚という選択肢もありますが

当時にはそういう考え方がなかったのかもしれないですね。

瀬戸内寂聴の不倫相手その2:年上既婚者との恋

青年と別れた瀬戸内寂聴さんは、小説家を志し同人誌「文学者」に参加します。

そこで出会った年上の妻子持ちの男性と恋仲になりました。

 

一人東京に出てきて食事すらままならない状態だったので

余裕のある男性が魅力的に映ったんでしょうね。

 

相手の女性と子供がかわいそうだなーと思いましたが

当時の時代背景から妻が強く言えなかったのかなーなんて想像してみました。

瀬戸内寂聴の不倫相手その3:青年と再開

年上の小説家男性との不倫が続いていたころ、13年ぶりに青年と再開。

これは運命に違いないと小説家と青年と瀬戸内寂聴さんの三角関係が始まります。

なんだかややこしいことになってきましたね(笑)

しかしこのときの恋愛模様を赤裸々に書いた

「夏の終り」で1963年に女流文学賞を受賞しています。

 

皮肉にも瀬戸内寂聴さんの子供からの夢である小説家は

自身の不倫によって叶えられたのでした。

瀬戸内寂聴は娘を捨てた?その後の話

瀬戸内寂聴は娘を捨てた?

瀬戸内寂聴さんは3歳の娘を残して

不倫相手である旦那の教え子と駆け落ちして京都で暮らしていました。

 

これは瀬戸内寂聴さんが娘を捨てたといっても過言ではないでしょう。

 

娘からしたら相当ショックなことですよね。

母親のいない家庭は辛かっただろうと思います。

 

瀬戸内寂聴さんは恋愛になると

周りが見えないくらい相手のことが好きになってしまうそうです。

 

不倫相手の青年と別れた後は、年上の妻子持ちの男性と10年近く不倫を続けることになります。

瀬戸内寂聴さんの娘からしたら「私は捨てられた!」と思うのも当然のことですよね。

 

瀬戸内寂聴さんがどうして娘を置き去りにしたのかを聞かれたときに

「当時は仕事もなく経済的に不可能でした」と話しているのが印象に残りました。

 

戦後復興期で肉体労働の多い時代でしたから

女性が社会に出て働くことは、相当難しかったことが想像できます。

 

現在は当時3歳だった迪子(みちこ)さんと復縁しているそうですが

まだお二人の溝が完全に埋まったわけではないので少しずつ関係修復をしているんだそうです。

 

瀬戸内寂聴さんの座右の銘「生きる事は愛する事」

この気持ちが娘には伝わっているのか気になるところです。

まとめ

瀬戸内寂聴の現在

今回は瀬戸内寂聴さんの波乱万丈な人生をお届けしてきました。

若い頃に不倫をして娘を捨てるという壮絶な人生を送ってきた瀬戸内寂聴さん。

 

それでも女性が社会で活躍できなかった時代を

がむしゃらに生き抜くことができたエネルギーがスゴイと思いました!

 

現在は娘さんとも多少なりとも関係は修復できているそうなので安心しました。

 

水トク!の放送では瀬戸内寂聴さんよりも

波乱万丈な人生を歩んだ女性が登場するようです。

 

「人生山あり谷あり」とは言いますが

人の数だけ人生があるんだなーと改めて自分の人生を振り返るキッカケとなりました(笑)

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